医療サービスを受ける側から

「いい病院」「いい医者」は、自ら見つけ、育てるもの

【いい病院・いい医師のポイント】 (1) 患者の命の尊さを理解してくれる医師 (2) 患者の家族も思いやってくれる医師 (3) 笑顔の医療スタッフが多い病院
樋口 強(ひぐち・つよし)さん
1952年兵庫県生まれ。東レ社員時代の42歳の時に肺に悪性の小細胞がんを発症。3年生存率5%という数字に賭けて、右肺の1/3を切除、5度の抗がん剤治療を試みて、1年以上の闘病の末、職場に復帰。手術後5年を乗り切った記念に、自らの闘病生活をもとに創作落語の独演会を開き、話題に。以後年に一度、がん患者とその家族だけを招待して東京・深川の深川江戸資料館で独演会を行う。2004年12月にサラリーマン生活にピリオドを打ち、現在は医療機関や患者向けに、講演活動などを通じ、命の大切さを訴え続けている。
樋口 強「いのちの落語」

バック・ギアがない、命の選択

がんの治療を続けている時に印象に残ったことは?
命にはバック・ギアがないんですよ。治療をしていると、医師からいろいろないのちに直結した治療の説明を受けます。「3年生存率5%です。今可能な治療は、抗がん剤治療のみです。でもこんなに副作用があります。どうしますか?」というように、自分の命について、常に後戻りできない決断を迫られるのです。この選択が、患者にとって、どんなに重大で、どんなに勇気のいることか、それを理解している医師は、患者の命の重さを理解してくれた人。そんな患者の命を大事にしてくれる医師とは、一生、強い信頼関係で結ばれますね。
(C)文藝春秋(無断転載/コピー禁止)
落語を聞いて心から笑えること、落語を通じて人に出会えること。それは私が生きている証。だから落語をやめません。
実際に樋口さんと主治医との間には信頼関係がありましたか?
  ええ、もちろん。先生は、私だけでなく患者の家族である私の妻にも、診察の度に労をねぎらってくれました。妻をはじめ家族は、患者にとって共に生きる人。私の病気を一緒に抱え込んで、傍らで支えてくれる大切な人。だから家族に、毎回やさしい声をかけてくれた先生に、とても感謝しています。自分では、恥ずかしくて妻に言えないねぎらいの言葉、逆に闘病生活に付き合っている妻の愚痴など、先生の前で伝え合うことで、お互いの「わだかまり」を少しずつ取り除くことができました。私の傍らで一緒にハンドルを切ってくれる妻と、後ろから後押ししてくれる医師や医療スタッフの支えによって、今の自分があるんだと、感謝してもしきれません。
その医師とはどうやって信頼関係を築いたのですか?
  私自身が、自分のいのちをどう生きたいかを、何度もしっかりと伝えました。患者としての心構えは、医師に病気を治してもらうのではなく、患者自身が、いつまでにどう回復したいかについて明確な意思を持ち、それを伝えること。「すぐに手術を」と言われても、「仕事を休むことはできないから少し待って欲しい」「どうしてもやり遂げたいことがあるので、それが済んでから」など、患者の生き方、命の選択を医師に伝えることが大切です。それによって、医師も「ああ、この人が大事にしているのはこれなんだ」とか「この人の情熱をサポートしよう」という気持ちになって、患者の命の重さを理解してくれるはずです。

自分でいい病院、いい医師との関係を作りあげていくことが大事

8カ月の入院生活と、今も定期的に検査に行っているという経験から、「いい病院選び」について教えてください。
私は、「患者」という概念が嫌いなんです。「わずらったもの」という意味じゃないですか。病院は、「わずらった人々」が集まるところじゃなくて、「病気を治すサポートをするところ」だと考えています。 医療だってサービスだから、「わずらった者たちに、治療をしてあげよう」という姿勢ではなく、病気を治したいと真剣に考えている人たちの声を聞いて欲しいですね。例えば、待ち時間にしても、1時間も2時間も名前も呼ばれず、状況も知らされずにいたら、誰だって不安になるでしょう? それなら掲示板に、30分毎に、「今××番の人が診察中です」などと書いてくれるだけで、安心するんです。 私の主治医の先生は、長時間患者を待たせていると、途中で待合室に来て、「お待たせして申し訳ありません。私も一生懸命やりますので、もうしばらくお待ち下さい」と頭を下げられる。こんな心遣いが、患者にとってはうれしいのです。「先生、あんまり一生懸命急がないで! 私の診察時間が短くなっても困るから」なんて冗談も出てきたりしてね(笑)。
「いい病院選び」に参考にすることは?
  いい病院を探すのではなく、自分でいい病院、いい医師との関係を作り上げていくことが大事。みんなが「いい病院だ!」って殺到したら、人手不足でサービスの悪い病院になってしまいます(笑)。それよりも、患者が自分にして欲しい医療サービスについて、しっかりと意見を持っておくべきですね。それは決して、医学用語を勉強することでもないし、医学の知識を身に付けることでもない。逆に、医師の専門領域に入り込んではいけません。自分がどう生きたいか、自分の大切なものは何かということを、医師に理解してもらう努力が大切です。
樋口さんが病院に行く前に行っていたことは?
  う〜ん、病院に行く前ではないんだけど、本当に我慢できないぐらいの痛みが続き私は骨への転移という不安が募り、「何とかこの痛みを医師に伝えよう」と、待合室で書いたメモがこれです。簡潔な文章と、自己流ですが、痛みのグラフを作って先生に見せたら、「よくわかります。多分あなたの心配するような痛みではないでしょう」と診断してくれました。それ以降、同様のメモを書いて、診察の時に先生に渡しています。  
<樋口さん自筆のメモ>
「痛くて不安でどうしようもない、でも先生、どうしても生きたいんだ」こんな気持ちが待合室で私にこのメモを書かせたんでしょうね。
樋口さんが回復されて一番うれしかったことは何ですか?
   
  電車に乗れたこと、喫茶店に入れたこと、街を歩けること…そんな「普通のことが普通にできるうれしさ」を、毎日ありがたく思いながら、今は生きています。がんという病気で肺の一部や全身の感覚がなくなり、走ることや仕事をバリバリこなすこともできなくなりました。失ったものもたくさんありますが、家族の大切さと、そして当たり前の日常の大切さを知ったことで、私の人生はさらに豊かになりました。  
(C)文藝春秋(無断転載/コピー禁止)
妻はいつも私の傍らで、二人分の人生を背負って歩いてくれる。感謝してもしきれない。
『いのちの落語』(文藝春秋/1550円)
命の大切さと、命への執着を持ち続けることが、 生きる上で重要であることを教えてくれる貴重な一冊。
著者の創作落語「病院日記」のCD付き。
構成・文/宇山恵子
病院探しのコツ
医療を受ける立場から
 

「いい病院」「いい医者」は、自ら見つけ、育てるもの【いい病院・いい医師のポイント】 (1) 患者の命の尊さを理解してくれる医師 (2) 患者の家族も思いやってくれる医師 (3) 笑顔の医療スタッフが多い病院